「なぜ育児でイライラするの?理解できない!」という意見に対し個人的に思ったこと

心境メモ
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「愛する我が子はかわいいんでしょ?なぜイライラするの?理解できない!」

…という旨の主張をネットサーフ中に見かけました。

発言者および支持者の主張は

  • 育児でイライラするのは発想次第。かわいい我が子を育てる喜びが上回ればイライラなんてしない。
  • 子どもと向き合い意思疎通するべき。思い通りにしようとするからイライラしてしまう。
  • イライラするのは母親失格。計画性がない。

…というようなものでした。

リプライ合戦で主張はエスカレートし、泥沼と化していました。

地獄かな?

わたしが思ったこと

①どんなに我が子が可愛らしくても、体力的に限界がくると心の余裕がなくなる。

母親も生きた人間です。望んで産んだ子どもは大変可愛らしく、育児をすることに喜びや幸せを感じます。しかしその一方で確実に削られる体力…睡眠時間…。物理的に疲労してくると、心の余裕もいつしか無くなってくるものです。いくら可愛らしくお願いされても、体調が悪ければ「ちょっと待ってよ〜」と情けない悲鳴が出てしまいます。可愛いから頑張れる、もちろんそれはそうなんですが…限度はあります、確実に。

②我が子を愛するがゆえに、イライラし、不安になり、怒ってしまう。

何も母親は自分の機嫌だけで子どもを怒鳴り、当たっているわけではないのです。子どもという生き物はすぐ死に向かおうとします。軽率に車道に飛び込もうとしたり、水辺に近づいたり…。はたまた、他人に迷惑をかけてしまわないか、誰かに怪我をさせないか、色んな危険から彼らを守る必要があり、一時も目を離すことはできません。

わたしの場合は、離乳食を食べようとしない我が子に対して苛立ち、焦り、かなり余裕のない時期がありました。こんなにむすめのためを思って色々試しているのになぜ食べてくれないの?痩せてしまう。食べて欲しい…。その時期の不安定さを肯定するわけじゃないですが、これはむすめの事が大切で心配だから生じる苛立ち・焦りでした。

子どもが大切だからこそ、イライラしたり怒ったり不安になったり…ということも多いにあるのです。

③それは決して「悪いこと」と一括りにできない。

ですので、必ずしも「イライラしている母親」「余裕のない母親」が「悪いこと」というわけではないと思うのです。どんな事情がありイライラしてるかは、当事者でなければわかりません。その人の事情が分からないのに「イライラしてるから母親失格だ」などと断言してしまうのは暴論でしょう。

 

④母親たちは愚痴を吐き合うことで前に進もうとしている。

SNSを開くと毎日のように母親たちの愚痴や嘆きが見られます。でもそれは「だから育児をもうやめてしまいたい」「もう逃げたい」というものではなく、「お互いしんどいね〜」なんて共感しあいながら育児を頑張っていこうとしているものだと思います。SNSは現実の家庭とは直接繋がっていない場所です。そこに普段の育児のモヤモヤを吐き出すことによって気持ちを整理したり、共感して落ち着いたりして前に進める…という人も多いんじゃないでしょうか。こちらも、背景を汲まずに「しんどいならなんで産んだの?」などと責められるべきものではないと思うのです。

当事者じゃないと理解できないことが多い…だから、そっとしておいてほしい。

育児は子どもの個性や親の性格、家庭の形によって「こうだ」と一括りにできるものではありません。

イライラしてしまう母親もいれば、子育てが楽しくて楽しくて仕方ない母親もいます。でもそれぞれ、子どもを愛していることに代わりはなかったりもするのでしょう。実情はわかりません。わからないからこそ、比べ合う必要はないように思います。

色んな人が色んな形で奮闘しています。お互いに事情もわからないのに「それは間違っている」「こうすべきだ」と意見をぶつけ合うのは不毛でしょう。たとえ意見が合わないな、と思うことがあっても、そう思う人もいるのだな…と、そっとしておいてほしいとわたしは思うのです。

「いや、あなた誰ですか?」という第三者・赤の他人に物申されても育児でいっぱいいっぱいの母親はきっと聞き入れる余裕はないでしょう。わざわざぶつかりあって消耗するくらいなら、そのエネルギーは自分のため、家族のため、子どものために温存したいものですね。

長くなりましたが、言いたいことは「そっとしておいてほしい」です。

 

元ツイート:

 

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